誇り


樹々に小さい虫がつき 

葉や幹を食べていってしまう事があります。 


自分を栄養にする生き物は沢山います。 


けれども樹々はそれが巡っていく事を知っています。 




樹々がいる事で何かを呼び 

何かが来た事で違う何かをまた呼び 

その何かが次々と何かを呼んでいきます。 


そしてどこかの何かは 

樹々の命を繋ぐ事に力になってくれる事を、 


全てが生きていく為に 

みんなで大きな車輪を回している事を知っています。




だから樹々は自分を食べようとする命の事も 

決してその存在を否定しません。 

 

ただ、自分は嫌だと表明するために 

特定の化学物質を出します。 


そして自分が出来る事をしたら 

あとは大きな巡りに任せるだけです。 




大きな巡りはそれぞれの命を 

ありのままで生かして 

全てを認める大きな愛のようなものです。 


その巡りの中を 

自分でどう生きて 

何を大切に自分を創っていくかは 

それぞれの神(自分)に委ねられています。 




自分を大切にしながら 

他の命をありのまま認めて尊重出来るような 


自分の存在だけで幸せでいられるような 


自分も大きな巡りの中に

すっぽり入ったような 


透明な裏表のない美しい、 

そんな樹々のような生き方が出来たら。




心から自分を誇れる気がするのです。 


それは真の自分自身に戻っていく道、 

そのものだと思うのです。 


0コメント

  • 1000 / 1000